反抗期の私と娘と
小学4年生の娘は初期の反抗期に差し掛かっているように思います。
ちょっとしたことに反発し、私もその反発に乗っかり、気持ちはぐちゃぐちゃになることが多い日が続いていました。
でも、私の小さい頃を見ているようだと気づいた時に、小さい頃の私はどうして欲しかったかな?と感じてみました。
そっかぁ、そうなんだね。
色々あるよね。
たくさんがまんしてるんだね。
お母さんには言えちゃうんだよね。
って、優しく包んでほしいなと、小さい頃の自分を感じて、娘にもそう接してあげたいなと思うようになりました。
昨日の夜も、今朝も娘と色々やり合いました。
でも、心を閉ざす私は前みたいに長くは続かず、心を開こう、これより、これ以上閉じないようにしようと意識して、娘を見守りました。
今日も怒っている娘に「手を繋ごう」と声をかけると、照れながら近づいてきて、手を繋いでくれました。
たくさん揺れる心をただ優しく抱きしめてほしいという娘の気持ちが伝わってくるようでした。
これからもまだまだ続くかとは思いますが、幼い頃の私を癒しつつ、娘の心を、大きな優しい気持ちで見守っていけたらいいなと思います。
今生きていること~♪
昨日、風邪をひいて学校を休んだ息子と病院から帰る道の途中、「今日嬉しかったことは?」と聞いてみると
「今生きていること~♪」
という返事が息子から返ってきました。
あれこれ今日あった出来事の中から何を言おうかと考えていた私はハッとして、「そうだね、生きている、それが嬉しいね。」と言って、息子の答えに感心してしまいました。
今を生きていると何か探そうとしなくても、今その瞬間が喜びであり、幸せにつながるんだと息子が教えてくれました。
日常の中で色々考えたり、悩んだりする時は、昨日の息子とのやり取りを思い出して、今あることに目を向けることを意識していきたいと思います。
今を生きて~
最近、またお昼ごはんの準備をしながら、夜ごはんの準備も一緒にしていることが多くなってきました。
ちょっと前に、今必要な分だけを作る、と決めてやってきたのに、いつの間にかまたやっちゃってました(汗)。
先の心配しなくていいよ~
どうにかなるよ~
今を生きて~
今日は今自分が食べるものだけを準備しました。
小さなことだけど、毎日積み重ねると大きなこと。
自分を信じて、まわりを信じて、小さな心配一つ一つを手放していきます。
いつも通りじゃなくても
お昼ごはんに作った色々野菜の豆乳スープ、さつまいもの火の通り具合を気にしていたら、一緒に煮込んでいたかぼちゃの存在をすっかり忘れてしまいました。
かぼちゃやイモ類はできるだけ煮崩れないでホクホク食べるのが好きなのに、今日はふにゃふにゃに煮崩れてスープに色が溶け出していました。
お箸で掴もうとしてもホロホロ崩れて掴みにくい…ガーン
少し落ち込んだけれど、スープにはしっかりとかぼちゃの甘味が溶け込んでいて、いつもよりクリーミーで心が温まるような気持ちになりました。
ふにゃふにゃかぼちゃもおいしい(*^^*)
いつも◯◯じゃなきゃダメ
いつも自分の思い通りの完璧な形で
そんな自分の中にある価値観を崩していきたいと、スープを飲みながら思いました。
いつも通りじゃないことを、いつもと違うことをたくさん経験して、色んな感覚を味わっていきたいです。
これが私
最近子供たちは私が出すごはんに不満な態度を見せることがよくあります。
「これおいしくない。
もっと違うの食べたい。
グラタンとか唐揚げとか…」
手の込んだ料理が苦手な私は、煮たり焼いたり、素材のままだったり、単純なものを食卓に並べることになります。
「また言われた…ガーン
ちょっと頑張ってチャレンジしてみようかな。」
母親として、子供のためにと私の心が揺れます。
でも、子供の望むものを作るために、あれやこれや買いそろえて、レシピとにらめっこして、など色々考えると気持ちが重くなります。
他のお母さんたちはやっているのに、私は気が乗らない…
子供たちの笑顔のために、と重い腰を上げようとしても、気が進みません。
少しウジウジしましたが、ふっ切れました。
もういいや、これが私。
料理上手なお母さんとして子供を喜ばせることができなくても、私らしくあることを選ぼう。
料理ができない私でも、他の何かで子供たちを笑顔にできる方法はあるはず。
そんな方法はちっとも思い浮かびませんが(汗)、私らしくあることの方が子供たちの喜びに繋がるような気がします。
食卓が心と身体を満たす楽しい場になりますように。
どんな私でも大丈夫
昔は人にどう見られるか、気にしすぎる私でした。
こんな格好で外に出られない
こんな色着てみたいけど私らしくないと思われそう
他にも見た目以外でも、他人の目を気にして言葉や態度に制限をかけていました。
歳を重ねたおかげか、人はそんなに他人のことを気にかけていないはず~どう思われてもいいや~私の好きにする~と思えるようになり、言動に制限をかけることが少なくなりました。
私は普段は落ち着いた色、白やベージュ、黒などの服を着ることが多いのですが、最近になって赤やピンクなど、今までの私からすると、私らしくない色も少し取り入れて着けてみたいなと思うようになりました。
先日、娘の買い物に付き合って服装売場に行った時、真っ赤なニットを見つけ、これだ!と一人でにんまりして購入しました。
早速着けてみると、私らしくないかもしれないけど、新しい私になったようで、とても気に入っています。
そして、なぜだか温かい空気に包まれ、肌寒くなった身体を温めてくれるようにも感じます。
似合うかどうか、どう見られるかなんて気にせず、自分のやってみたいを行動してよかったです。
今気づきましたが、人からどう思われるかを気にしなくなると、人のこともどうあってもいい、と思えるようになったような気がします。完璧ではないけど。
自分のあるがままを認めて受け入れて、大切な家族やまわりもそんな目で見守っていけるようになりたいです。
これまでたくさん傷つけてきた、自分自身や大切な人たちにお詫びと感謝をこめて。
痛いの飛んでいけ~
編み物をしていたら、針の先っぽが右手の人差し指の腹を突いて「いたっ」となり、手を止めて、じんじんする痛みを守るように、左手で右の人差し指を抱きしめました。
4日ほど前にどこかで傷つけて、何かを掴んだり、触れたりするたびに痛いなと感じていたのに、よく見ることもせず、ずっと放っておいてた人差し指の痛みでした。
よく見ると、小さな傷あとがあり、ほんのり赤くなっていました。
私はその痛めた指を左手でぎゅっと抱きしめながら、「痛かったね。まだ痛いね。ずっと放っておいてごめんね。痛いの痛いの飛んでいけ~」と心の中で謝り、子供にするようにおまじないをかけてあげました。
するとだんだんと痛みは落ち着きましたが、私はそのまま目を閉じて、人差し指を握りしめていました。
きっとこんな風に放っておかれた心の傷があるんだろうな…
見ないふりをしてごめんね。
放っておいてごめんね。
辛かったね。
これからは私が守るよ。
大丈夫だよ。
そんな一つ一つの傷に気づいて、優しく声をかけてあげたいと思いました。
できれば、針が突き刺さる前に、とどめの痛みがくる前に、気づいてあげれたらいいなと思います。